映画「オデュッセイア」と西サハラ 〜 「凄い映画だった!」で終わらせないために

問われる映画制作の倫理

クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)監督映画「オデュッセイア(The Odyssey)」の日本での上映が9月に始まりました。古代ギリシャの詩人ホメーロスの作と考えられる英雄譚を監督なりに解釈して映画化したもので、最新の映像テクノロジーを使って170分の壮大な作品に仕上がっています。壮絶な戦闘シーンや嵐の海、美しい風景がスクリーン一杯に広がり、深い「没入感」を生みだします。
さまざまな映画評の中で最も包括的なものは「オデュッセイア」(及び「イーリアス」)の最新の英語訳(2017年刊)の訳者で、女性として初めて同作品を翻訳したペンシルベニア大学教授エミリー・ウィルソン氏が「ロンドン・レヴュー・オブ・ブックス(London Review of Books)」に書いたものでしょう 。(脚注1)ノーラン監督は彼女の翻訳からインスピレーションを得たと述べています。
ウィルソン氏の評論はかなり厳しいものです。古典作品の翻案は原作に忠実である必要はなく、この映画によってホメーロスを読む人が増えたことは歓迎するとしながらも、原作がもつ主人公の複雑な人物像や神々のもつ多面性がひどく単純化されていること、とくに女性や女神たちのもつ奔放さや家父長的秩序に対する挑戦が描かれていないこと、シナリオが内的にも矛盾を露呈していること等を批判しています。(時に凄惨な)戦争や冒険のスペクタクルがこれでもかと展開する一方で、「心理的、感情的、政治的、倫理的深さ」に欠けるというのです。
そして、ウィルソン氏の最後の批判点は次のような文章になっています。

ノーランの「オデュッセイア」がもつ最も深刻な倫理的問題は、撮影の一部を西サハラの占領地で行うという決断をめぐるものであり、その決断によって、先住者であるサハラーウィに対して今なお続く暴力を容認してしまっている点である。とくに憤りを覚えるのは、ノーランがそこ(西サハラ)を単に視覚的に鮮烈な背景としてのみ使っていることである。領土獲得戦争の英雄を中心に据え、彼を称賛し、遅きに失するとはいえ、自分のしたことの罪深さを認める彼の贖罪をテーマとする映画であるにもかかわらずである。

私たち「西サハラ友の会」は映画の内容について評することは控えます。ただ、ウィルソン氏が言うように、他国に占領されている地で撮影を行い、人びとが弾圧されているその地を単なる視覚的効果だけのために利用するという制作態度は、たとえそれが芸術のためであるとしても、倫理的に大きな問題であると考えています。

 

占領下にある西サハラ

西サハラ(旧スペイン領サハラ)は、1975年に隣国モロッコの侵攻を受け、現在8割がその占領下にある地域です。西サハラは国連憲章に定めのある「非自治地域」であり、非植民地化過程にあります。西サハラの人民には自決権があります。自決権とは独立するのかどうするのか、その地位を自ら決定する権利です。西サハラの人びとの多くは独立を望み、ポリサリオ戦線がその独立運動を率いていました。しかし、独立に向けた過程はモロッコの侵攻によって中断されました。侵攻を逃れた人びとはアルジェリアの砂漠に難民キャンプをつくり、1976年2月に「サハラ・アラブ民主共和国」の樹立を宣言しました。それから半世紀、西サハラ問題は国連安全保障理事会で議論され続けています。そして、国連事務総長の特使が関係国・関係者と協議し、仲介の努力を行っています。
占領された西サハラではモロッコ警察(武装した憲兵隊)による人権侵害が絶えず、非暴力で声をあげても逮捕され、拷問され、長期刑を言い渡され、遠いモロッコ国内の刑務所に収監されます。刑務所では病気になっても医療を受けられない等、非人道的な扱いを受けています。こうした西サハラの人権を調べようと現地に赴く人は、例えヨーロッパ諸国の議員であっても、空港で追い返されます。ましてや国際人権団体やジャーナリストはほとんど入ることができません。
モロッコは自由を求める人びとを弾圧しつつ、西サハラの富を収奪しています。世界最大級の埋蔵量を誇るリン鉱石を採掘・輸出し、海底油田の開発を行い、砂漠で輸出用の野菜・果物の農園をつくり、豊かな漁場からタコやイカ等をとって輸出し、リゾート開発を行っています。その収奪を支える資金は、モロッコ国王とそのクロニー(友人)たち及びフランス、スペイン、イスラエル等の企業による投資でまかなわれています。
しかし、こうした「開発」から西サハラの人びと(サハラーウィ)はあまり恩恵を受けていません。モロッコ政府がモロッコ人の西サハラへの移住を税の優遇措置等を使って推進し、彼らが行政・産業を支配し、サハラーウィを周縁化しているからです。
日本は、国際法上違法と考えられるモロッコが採掘する西サハラのリン鉱石を輸入している数少ない国です。また、日本は西サハラの海でとれるタコやイカを「モロッコ産」として輸入しており、原産地表示及び関税の特恵待遇の両方の観点から問題があります。2024年10月、EU司法裁判所(EUの司法制度で最高裁にあたる)は西サハラの産品を「モロッコ産」として輸入することを違法とする判決を出しました。今、EUはその対応を迫られています。
西サハラ問題はヨーロッパでは知られた問題であり、占領下の現実を伝える情報はアクセス可能です。ノーラン監督がこうした西サハラの問題を知らなかったとは考えられません。

 

撮影地は資源収奪の拠点

映画のパンフレットによれば、ノーラン監督たちはロケ地探しのため6ヶ月の旅をしたそうです。その結果、モロッコ、ギリシャ、イタリア、アイスランド、スコットランド、アメリカの6ヶ国が選ばれ、残りはカリフォルニアのセットで撮影されました。モロッコのエッサウィラの海岸はトロイの木馬が打ち上げられた砂浜となり、モロッコの内陸にあるアイト・ベン・ハドゥには巨大なトロイアの城塞セットが作られ、イタリアのファヴァニーニャ島はオデュッセウスの故国イタケ島、ギリシャのキュプロプス洞窟は一つ目の巨人の住処、アイスランドの荒涼とした風景は冥府になりました。
それでは西サハラはどこになったのでしょうか。パンフレットにはどの場面が西サハラで撮影されたのかまったく説明がありませんが、いくつもの映画評の指摘から、オデュッセイアを愛するあまり彼を永遠に留め置こうとする女神、カリュプソの住むオギュギア島として使われたと考えられます。映画に登場するオギュギア島は、美しい砂浜がスクリーン一面に広がる楽園になっています。ただ、そうした風景の写真は、意図的か否か、日本語のパンフレットには使われていません。
撮影は西サハラの中部沿岸にあるダーフラで行われたようです。ダーフラは今日、モロッコが占領地で進める資源収奪の拠点の一つです。ダーフラから西に広がる海域はアフリカ有数の漁場であり、ダーフラ港は西サハラ第2の漁港です。また、その美しい海岸地帯ではリゾート開発が進み、スペインやフランスからの直行便が就航し、観光客を運んでいます。沖合ではイスラエルが海底油田の探索を行っています。ダーフラの東に広がる砂漠地帯には農園がつくられ、ヨーロッパ市場向けのトマトやメロンが生産されています。さらに、モロッコは現在ダーフラに巨大な港を建設中で、西アフリカ全体とヨーロッパ市場を結ぶ流通のハブにする計画です。
ここで見逃せないのが「ダーフラ国際映画祭」です。2008年から行われており、あまり成功している国際映画祭とは言えないとしても、モロッコ政府肝いりで実施されており、映画業界を巻き込んで西サハラ占領を「正当化」する役割を果たしています。
こうした映画界の情報をノーラン監督がまったく知らないで西サハラに赴いたとは考えにくいでしょう。
オギュギア島のシーンは、オデュッセウス、カリュプソ(女神)、アテナ(女神)の3人だけを登場人物として撮影されています。部下を全員なくして主人公一人だけが漂着した島で女神アテナが彼に故郷への帰還を決意させるシーン、彼がその決意を女神カリュプソに告白するシーンがそこだと考えられます。果たして、このシーンは西サハラの海岸でなくてはならなかったのか、しかもこれだけのリスクを犯して。そうした疑問をもつ人は少なくないでしょう。

 

ノーラン監督の沈黙

2026年7月17日、ロンドンで封切り上映が行われたとき、映画館の近くではボイコットを呼びかける街頭デモが行われました。その日、難民キャンプのサハラーウィ(西サハラの人びと)と協力して行われる「西サハラ国際映画祭(FiSahara)」の代表、マリア・カリオン(Maria Carrión)氏はアメリカのオータナティブ・インターネットメディア「デモクラシー・ナウ!」のインタビューで「占領者は文化的ジェノサイド、民族浄化をサハラーウィに対して行っている。ノーラン監督は1年間沈黙を保ち、そして(西サハラで撮影した)その場面を使ったことで、モロッコによる占領の共犯者になってしまった」と批判しました。 (脚注2)
彼女によれば、1年前、ノーラン監督率いる撮影班がダーフラにいて、白砂の砂丘で撮影を行っていることがわかったそうです。実際、モロッコのメディア(le 360)も、2025年7月18日、ノーラン監督らがダーフラから30kmにある「白い砂丘」で「オデュッセイア」の撮影をしていると書いています。それは同時にマット・デイモンとゼンダヤがダーフラに来ていることも報じています。 (脚注3)
マリア・カリオン氏は映画会社(Universal)に抗議しましたが、聞いてもらえるどころか、ノーラン監督とモロッコの文化大臣、メフディ・ベンサイド氏が一緒に写った写真が発表されたというのです。文化大臣は、まったく政府の意図を隠すことなく、この撮影はモロッコがダーフラを観光地としてだけでなく映画の撮影場所としてもプロモートするのに必要なものだと語ったそうです。
また、同じ番組でインタビューされた難民キャンプ生まれのサハラーウィの映画制作者、アビディン・ムハンマド・ハムディ氏は、両親がダーフラ出身だと言います。彼は、自分も両親も西サハラには入れない、もし自分が西サハラで撮影でもしたら警察に捕まり、投獄され、政治囚になるだろうと述べています。
さらに、サハラーウィの難民キャンプ生まれのアーティスト、ムハンマド・スレイマン・ラバト氏は英ガーディアン紙に寄せた文で「サハラーウィは『オデュッセイア』が自分たちの土地で撮影されたことに愕然としている。映画は流浪、家族の別離、裏切り、苦悩、そして長きにわたる帰還に向けた闘いをテーマにしている。これはもう、悲劇を超えて滑稽ですらある。(なぜなら)私たちサハラーウィは50年以上、まさにそうした過酷な歴史を歩んできたからだ」、「(海外の映画制作者にとって)われわれは単なる彼らの撮影セットの飾りでしかなく、それで彼らはニューヨークやロンドン、パリで名声を博し、巨額の利益を得て、賞をもらうのだ」と書いています。 (脚注4)
映画「オデュッセイア」は、原作からだいぶ離れ、破壊と殺戮の限りをつくしたことに対する英雄の罪悪感とトラウマ・傷心をテーマにしています。そうであるならばなおさら、軍事侵攻・空爆で多くの人が命を落とし、多数の難民が今なお帰還できず、自由を求める人びとが弾圧され続けている土地で、占領者を喜ばせ、破格の興行的成績をあげながら、沈黙を保つことがどう倫理的に正当化されるのか、ノーラン監督は答える責任があるのではないかと思います。

2026年9月23日
9人のサハラーウィ政治囚がモロッコの占領と刑務所の非人道的扱いに抗議して新たなハンガーストライキを始めるこの日に

 

脚注1 Emily Wilson, “An Uncomplicated Man”, London Review of Books, Vol. 48, No. 14/15, 13 August 2026. 

脚注2 Democracy Now!, Christopher Nolan’s “The Odyssey” faces boycott call for filming in occupied Western Sahara, July 17, 2026. 

脚注3 le 360, Cap sur le Sahara marocain: Christopher Nolan, Matt Damon et Zendaya a Dakhla pour le tournage de nouvelle scenes de «The Odyssey». 

脚注4 Mohamed Suleiman Labat, The Guardian, 16 July 2026, “Christopher Nolan’s Odyssey used occupied land as a film set. That feels like a betrayal.”