映画「シラート」と西サハラ
2026年6月30日
オリヴェル・ラシェ(Oliver Laxe)監督の映画「シラート(Sirat)」の日本での上映が2026年6月に始まりました。2025年カンヌ国際映画祭で審査員賞等を受賞しています。昨年スペインで封切られて以後、その衝撃的な内容が話題となり、日本でも解説パンフレットが売り切れる映画館が出るなど、人気を博しているようです。
しかし、この映画には、欧米のいくつもの映画評が指摘しているように、大きな問題があります。
モロッコか西サハラか
作品の舞台はモロッコの砂漠とされています。実際、監督はこの作品をモロッコで撮影しており、物語がモロッコを舞台としていることを隠しません。ただ、作品は砂漠や地雷原を背景となる要素として使っているだけで、特定の場所を意味しているわけではないようです。
しかし、どれだけ現実から切り離し、抽象化し、象徴としてのみ提示したつもりであっても、モロッコ、砂漠、地雷と揃えば、それは一つの現実と分かちがたく結びついています。すなわち「アフリカ最後の植民地」西サハラです。
西サハラは、スペインからの独立過程にあった1975年、隣国モロッコが侵略し、以来国連決議に反して占領し続けている地域です。西サハラの独立派組織ポリサリオ戦線は1976年に「サハラ・アラブ民主共和国」の樹立を宣言し、アルジェリアの難民キャンプを拠点に祖国解放の闘いを続けています。難民キャンプの登録人口は20万人に及び、過酷な環境の中、国際援助を命綱にして暮らしています。
一方、モロッコは大量の移住者を占領地に送り込み、西サハラの人びと(サハラーウィ)を周縁化しています。また、国際法に反して天然資源(リン鉱石等)を採掘し、豊かな漁場を奪い、ヨーロッパ人観光客向けのリゾート開発をしています。その影で、自由や独立を求める西サハラの人たちは、逮捕・拷問・投獄といった弾圧を受けています。
国連は西サハラ人民の自決権(独立か否かを決定する権利)を認めており、1991年に住民投票の実施を決定しますが、モロッコによる妨害やモロッコの後ろ盾となっている米国・フランス等の思惑もあって、今に至るまで住民投票は実現していません。そんな中、国連は解決に向けた協議を仲介しています。今年、米国トランプ政権が仲介に乗り出しましたが、まだ成果が出るところまでは至っていません。
モロッコに10年暮らし、西サハラの旧宗主国スペインを拠点とするラシェ監督がこうした問題を知らないはずはありません。しかし、作品は西サハラとは一言も言わず、監督も西サハラから着想を得たとは言いません。「モロッコ」という国名を出す一方で「西サハラ」と言わないのは、パレスチナを想起させる風景や要素を使いながら「イスラエル」としか言わないのと同じではないでしょうか。芸術表現のために、現実のものを文脈から切り離し、自由に組み合わせたり、象徴として使うことはたいがいの場合許されることでしょう。しかし、紛争の現実は悲惨であり、占領は苦しみです。その現実を捨象し、作品の効果のためだけに要素を使っているとすれば、制作者の倫理が問われるところであろうと思います。
地雷と「砂の壁」
映画の中では最後、主人公たちが山脈の手前の地雷原に迷い込んでしまいます。実際にこの場面が撮影されたのはモロッコのアトラス山脈とされています。もちろん実際のアトラス山脈に地雷原はありません。地雷原があるのはモロッコではなく西サハラであり、しかし西サハラに山脈はなく、それらしいものがあるとすればそれは「砂の壁」です。
「砂の壁」はモロッコがポリサリオ戦線を排除するため1980年代に占領地を囲むように作った全長2,700kmに及ぶ巨大な構築物です。地雷の多くはその東側、つまり西サハラのポリサリオ戦線支配地域側にモロッコが埋設したものであり、その数は700万個とも1,000万個とも言われます。今では砂に流されて、地雷は予期せぬところにあったりします。そのため砂漠を行き交う遊牧民やラクダが時おり地雷を踏んで犠牲となる事故が起きています。有名なパリ・ダカールラリーに参加した車が「砂の壁」付近(東側)の地雷で吹き飛び、死傷者を出すという事故もありました(1996年と2001年)。
国連の支援を受け、難民キャンプのNGOが「砂の壁」の東側で地雷除去作業を続けてきました。ただ、それも2020年に戦闘が再開して以後モロッコ軍のドローン攻撃にさらされるようになって中断しています。
そもそも「砂の壁」は軍事上の防衛線であり、そこに地雷が埋設されているのは広く知られた事実なので、よほど無知・無謀な人でなければ近づくことはありません。そのため登場人物たちが山脈に近づき、そこが地雷原だと知って「驚愕」する場面は、若干興ざめしてしまいます。(欧米の映画評の中には、レイヴ・カルチャーにうつつを抜かす政治的現実に無関心な人びとに戦争という現実を突きつけているのだ、といった皮肉なコメントもあるほどです。)また、地雷は主に壁の東側に埋設されているので、壁の西側を地雷原としている映画の設定はフィクションだと考えられます。
ラシェ監督はモロッコでは人は死を受け入れていると、あるインタビューで述べています。映画ではレイヴの音楽に合わせて踊りながら地雷を踏んで爆死するシーンがあり、それについてラシェ監督は「踊りながら死ねたら最高ですよね」と言っています(プログラムの監督インタビュー)。昨年の東京国際映画祭での質疑応答でも「もし踊りながら死ねるなら、私はそうやって死にたい。死とは終わりではなく、ある種の解放でもある」と語っています(プログラムの監督Q&A)。
西サハラの人びとにとって、地雷は占領者がばらまいた忌まわしい兵器であり、それによる犠牲は悲劇です。難民キャンプには地雷で足をなくした人たちがいます。そうした地雷の現実に苦しむ人びとがいるのを知りながら、地雷を突然の死をもたらす物語上のツールとしてのみ用い、その死を「最高」と形容したり「ある種の解放」といった意味を付与するというところに、芸術のためとはいえ、制作者が行う抽象化における歪みが感じられます。
抽象化、捨象、歴史への責任
サハラーウィ(西サハラの人びと)がこの映画を批判するのは、まさに上に述べたように、この映画がさまざまな要素を西サハラから集めておきながら、それらを西サハラの現実から切り離し、映画制作の「効果」としてのみ使っているその利用主義にあります。スペインの新聞「エル・インディペンディエント紙」(2026年3月15日付)のフランシスコ・カリオン記者は「サハラーウィ活動家たちは、[この作品が]西サハラ紛争を不可視化し、沈黙させていると非難している」と書いています。西サハラの人びとはこの映画が占領下の自分たちの苦しみを無視し、見えなくしていると感じているのです。加えてこの映画が問題なのは、侵略・占領しているモロッコの責任と、自らの旧植民地であり、かつてモロッコ侵攻を黙認し、今や黙認するどころか完全にモロッコの側に立って併合・占領を後押ししているスペインの歴史的、政治的責任がほのめかされてすらいないということです。
彼の西サハラに対する見解がどれほどモロッコ寄りのものであるかははっきりしませんが、この映画では元スペイン外相で現国連事務次長、文明同盟高等代表、反イスラム(イスラモフォビア)担当特別代表を兼務するミゲル・モラティノス氏へ謝辞が捧げられていることが疑念を生むと、カリオン記者は書いています。モラティノス氏は、モロッコ寄りに舵を切った現ペドロ・サンチェス首相(社会労働党)の方針転換を公に擁護している人です。サンチェス首相はパレスチナの独立国家を承認して人気を博する一方、自らの足元の西サハラ問題では、スペインの歴史的責任を放棄し、モロッコによる占領を擁護するという矛盾した態度をとっているとして、スペイン国内でも批判されています。
スペインの独立系メディア「ラ・マレア(La Marea)」(2025年9月24日付)に映画評を寄せたイグナシオ・パト氏は、征服者は自分の意図を被征服者に押しつけるものであり、そのためには軍事的なやり方は必要なく、映画のチケット1枚で足りることもあると書いています。そうして人びとは2時間の娯楽を通じて征服者の意図する秩序を吹き込まれているというのです。例えば、イスラエルの科学技術大臣が自身のXにアップした、イスラエルの爆撃で瓦礫と化したガザの未来をリゾート地として描いたAI映像のように。
こうした批判は、一言でいえば、植民地支配を行う側にありがちな傲慢さに向けられています。「カリガリ(Caligari)」という映画評サイトでナタリア・ロレンス氏は、西サハラが「実在するもののメタファーに還元されており、その抽象化は他のものを捨象する効果をもっている。それは植民地主義的なまなざしと深く結びついた、ある視覚的伝統を想起させる」と書いています。同様の批判は他の映画評にもありますが、それはこの作品に対してのみ向けられたものとも言えず、この作品に栄誉を与えたヨーロッパの文化的伝統に対しても向けられていると言えるでしょう。
映画は観て欲しい
私たちは多くの人にこの映画を観て欲しいと思います。そして西サハラのことを知って欲しいと思います。名前を奪われ、苦しみを捨象された紛争の被害者たちがどう思うか、考えてもらいたいのです。映画が捨象した現実は、芸術的創造のために切り捨てるにはあまりに深刻なものであり、そこから名前を奪い、それを「効果」を生み出すための風景に還元してしまうことは、もはや一つの暴力と言えるのではないかと思います。
西サハラ友の会