西サハラ友の会通信 No. 9

 ゲルゲラート危機から10日が経ちました。現地では正面きっての軍事衝突は回避されているようですが、国連やEUの動きに明確な方向性は見えません。
 ジョンズ・ホプキンス大学コロナウィルス情報センターのサイトによると、11月24日現在、モロッコの陽性者数累計は32万7,528人、死者5,396人です。同サイトによると西サハラは陽性者数累計10人、死者1人となっていますが、これは正しくないでしょう。国連事務総長報告(9月23日)によると、8月31日時点でエル=アイウンでの陽性者が41名、チンドゥーフ難民キャンプの陽性者が3名いたと報告しています。また、チンドゥーフ市自身には43人の陽性者がいたそうです。西サハラと行き来の多いカナリア諸島は陽性者数累計2万207人、死者326人と人口約200万人の地域としては多いと思われます。

【活動】

  1. 安保理メンバー国に要請文を送付
     10月30日の安保理でのMINURSO延長決議の採択に向けて、10月24日、西サハラ友の会としてすべてのメンバー国に要請文を送った。要請は、住民投票の実現に向けて政治的プロセスを活性化させること、MINURSOに人権監視の任務を負わせること、すべての当事者が国際法中でも人道法・人権法を遵守させるの3点。人権監視任務は今年も含まれなかった。
  2. 国際研究者宣言に日本から50名が賛同
     11月12日、世界39ヶ国360名の研究者の賛同を得て、西サハラに関する研究者宣言が発表された。日本からは54名の研究者が賛同。全賛同者を記した宣言文が茂木敏充外務大臣に送られた。宣言の最初の呼びかけ人となった5人の学者は、イザベル・マリア・コルテサン・カジミロ氏(モザンビークのフェミニスト、元国会議員、エドゥアルド・モンドラーネ大学教授)、ノーム・チョムスキー氏(言語学者、社会批評家、マサチューセッツ工科大学名誉教授)、ボアヴェントゥラ・デ・ソウザ・サントス氏(ポルトガルの社会学者、世界社会フォーラム推進者の一人、コインブラ大学名誉教授)、スティーブン・ズネス氏(米国の政治学者、中東アフリカ研究者、サンフランシスコ大学教授)、勝俣誠氏(アフリカ研究者、明治学院大学名誉教授)でした。日本では、岡真理(京都大学教授)、孫占坤(明治学院大学教授)、長沢栄治(東京大学名誉教授)、箱山富美子(元藤女子大学教授)、古沢希代子(東京女子大学教授)、松野明久(大阪大学教授)が呼びかけ人に。
     宣言は「サハラーウィ人民支援連帯ヨーロッパ調整(代表ピエール・ガラン氏)とポルトガル西サハラ友好協会(代表ルイーザ・テオトニオ・ペレイラ氏)」のイニシャティブによる。宣言文は以下に掲載。
    https://fwsjp.org/archives/5826
  1. 第2回オンラインセミナーを開催
     11月7日(土)午後3時から2時間、オンラインセミナー「西サハラ『グデイム・イジーク抗議キャンプ』を忘れない:砂漠の民のレジスタンスと弾圧」を開催した。50人以上の参加者があり、占領地西サハラの人権活動家ガーリーヤ・ドゥジーミーさんとフランス人でグデイム・イジーク裁判で投獄された政治囚ナアマ・アスファーリさんの妻、クロード・マンジャン・アスファーリーさんのメッセージを聞いた。ナアマさんからのメッセージも届けられた。最後に日本から政治囚へのメッセージも朗読された。

【映像】

  1. 「タコのDNA」(スペイン、2018年、スペイン語)
     スペインのテレビが「われわれのタコはどこからきているのか」を探るため、西サハラのダーフラに飛び、隠しカメラを使ってタコ漁を取材することに成功した。後編では、サハラーウィ活動家アフメド・エッタンジー(『銃か、落書きか』に登場するEquipe Media のメンバー)と一緒に取材を続けたが、警察に見つかって拘束され、出国処分に。(スペイン語は理解できなくても、映像が多くを物語り、占領下のダーフラの町の様子もうかがえるので紹介します。)
    1)前編(9分)
    2)後編(6分)
  2. 米デモクラシー・ナウ!(Democracy Now!)
    「西サハラの停戦終了:米国が支援するモロッコ軍の作戦後」(米、英語)
     11月16日放送で西サハラ特集。番組は全体で42分あるが西サハラ特集は16分過ぎぐらいから始まる。後半で昨年来日したジェイコブ・マンディー氏がインタビューされている。エイミー・グッドマン氏は2016年に西サハラ取材を行い、市民の活動や当局の弾圧をつぶさに撮影し、2019年1月に「Four Days in Occupied Western Sahara – A Rare Look Inside Africa’s Last Colony」をリリースした。圧倒的な映像と明快な解説は必見。同サイトで見ることができる。

【占領地西サハラ】

  1. モロッコ検察庁、ISACOMを捜査
     モロッコ控訴院検察部の報道発表によると、9月20日にアミーナートゥ・ハイダル氏を代表として設立された「モロッコの占領に反対するサハラーウィ組織(ISACOM)」が領土保全に反対し、「刑法に反する行為を犯すよう促す明確な扇動」を含むとして捜査を開始した。(Lavanguarda, 29 September 2020)
    https://www.lavanguardia.com/vida/20200929/483761786457/justicia-marroqui-persigue-a-nueva-ong-saharaui-por-atentar-contra-integridad.html
  2. モロッコ破毀院、グデイム・イジーク政治囚の最終審査を行う
     11月4日、モロッコの国内司法制度において最終審を行う破毀院(Cour de Cassation)は、2017年の控訴院が出したグデイム・イジークグループ(19人)に対する判決の上告審の審理を行った。判決は11月25日に出される予定である。(Human Rights Watch, 8 November 2020)
    https://www.hrw.org/news/2020/11/08/morocco-high-court-reviewing-key-western-sahara-case

【解放区西サハラ】

  1. モロッコ軍ポストで抗議デモ
     サハラ通信によると、10月19日(月)、解放区(砂の壁の東側)のムヒーリーズ(M’HirizまたはMheiriz)でサハラーウィ市民のグループが砂の壁の前でモロッコ軍に抗議した。そこにはエル・ガルガラート(El Gargarat)通路と呼ばれるものがあって、モロッコ軍が壁を破って解放区側に出てきているところだ。MINURSOがそこを通ってパトロールをしている。グループは通路の閉鎖を求めた。モロッコ軍が何もしなかったのはMINURSOがいたからだと思われる。
     この出来事はモロッコでも報道されている。ただ、それはMINURSOが見ているだけで何もしなかったとMINURSOを責める論調で書かれている。モロッコ軍兵士が撮影した動画が記事にアップされている。
     10月21日も同様に、砂の壁の東側(解放区)のビル・ラフルー(Bir Lahlou)にあるモロッコ軍のポスト(駐在所)で、サハラーウィの抗議行動があった。抗議は4分間続いたという。(Sahara Press Service, 19 October 2020; Yabiladi, 19 and 22 October 2020)
    https://www.spsrasd.info/news/es/articles/2020/10/19/27943.html
    https://www.yabiladi.com/articles/details/100470/securite-manifestants-polisario-tentent-provoquer.html?demo=2147483647
    https://www.yabiladi.com/articles/details/100615/securite-polisario-recidive-avec-autre.html
  2. ゲルゲラート道路封鎖開始
     10月21日、ゲルゲラートでサハラーウィによる抗議の道路封鎖が始まった。国連事務総長報道官は、MINURSOのスタッフが交通の遮断を解くよう要請した、「われわれは通常の民間・商業的交通は妨害されるべきではないし、緩衝地帯の現状を変更するいかなる行動もとるべきではないことを想起する」とコメントした。(Daily Press Briefing, 21 October 2020)
    https://www.un.org/press/en/2020/db201021.doc.htm

[その後のゲルゲラート道路封鎖については、別途ホームページに掲載されている「速報」をご覧下さい。]

  1. モロッコ軍、ゲルゲラートに新しい壁を建設、地雷埋設
     サハラーウィ地雷行動調整事務所(SMACO)は、モロッコ軍がゲルゲラート地区に新しく3kmの砂の壁をつくり、周囲に数千個の地雷を埋設したことを確認したとして、11月21日(土)、非難する声明を発表した。また、サハラーウィ地雷犠牲者協会(ASAVIM)も同日、同様の非難声明を発表した。(Sahara Press Service, 22 and 23 November 2020)
    https://www.spsrasd.info/news/en/articles/2020/11/22/28868.html
    https://www.spsrasd.info/news/en/articles/2020/11/23/28881.html
    ゲルゲラート抗議の道路封鎖に対する国連の立場
  2. モーリタニア、第2の砂の壁に不満
     モーリタニア国家安全保障局長メスガール・ウルド・シーディ氏はゲルゲラート地区を視察に行き、モロッコ軍が新しい壁をかなりモーリタニアに近いところに建設したことに不快感を示した。もしモロッコ軍がゲルゲラートを掌握すれば、現在誰も支配していないヌアジブ岬を射程に収めることになる。
    https://www.spsrasd.info/news/en/articles/2020/11/23/28878.html

【難民キャンプ】

  1. 難民の子どもたちの「平和な夏休み」
     難民キャンプに暮らすサハラーウィには毎年、夏の恒例行事があるが、今年はそれがコロナ渦のため例年とは違った形で進められた。
     いつもなら、夏休みとなると、難民キャンプの8歳から12歳の子供たちが、チャーター便でヨーロッパ(主にスペイン、イタリア、フランス)に行き、ホームステイや合宿をして過ごす。毎年1万人ほどの子供たちが、1ヵ月から1ヵ月半ほどの期間を滞在先で過ごす。この「平和な夏休み(Vacaciones en Paz)」プロジェクトは栄養面で子供たちの発育の一助となり、海山をはじめ難民キャンプとは違った体験を提供する。健康に問題を抱える子どもは、滞在を延期して治療を受けるなどする。今年の夏は、プロジェクトを担当する青年・スポーツ省が、子供たちに現地で「もう一つの平和な夏休み」を提供した。
     ひとつは移動映画館。難民キャンプで毎年開催される「Fisaharaサハラ国際映画祭」の縮小版で、キャンプにある視聴覚養成校「アビディン・カーイド・サーレフ」とタイアップし、難民キャンプと解放区のあちこちで映画上映をして廻った。
     次に解放区の見学。トラックに乗せられた子供たちが、国境を越えて移動し、解放区のチーファーリーチー村を訪問。ほとんどの子供たちにとって、初めて訪れる自分たちの国。見学先は病院(スペインのナバーラ県が建設)、岩壁画の遺跡、実験農場など。夜には子供たちの「のど自慢大会」が催された。(RASD国営テレビが収録した映像を、青年・スポーツ省のフェイスブックで見ることができるので、ご覧下さい。)
    https://www.facebook.com/Juventudrasd/

【国際情勢】

  1. ユネスコ、エル=アイウンを学習都市ネットワーク指定から除外
     9月24日、ユネスコの生涯教育研究所は、学習都市グローバルネットワーク(Global Network of Learnign Cities)にモロッコの3つの都市を加えると発表していたが、「まちがい」であり2つだったと訂正した。減ったのは西サハラの首都エル=アイウンであり、ポリサリオ戦線がエル=アイウンをモロッコの都市として発表したことに抗議していた。(Yabiladi, 24 September 2020)
    https://www.yabiladi.com/articles/details/99402/apres-colere-polisario-l-unesco-retire.html
  2. 米国、モロッコとの10年の軍事協定を締結
     エスパー米国防長官は10月2日、ラバトで今後10年間の軍事協力のロードマップを描いた軍事協力協定に調印した。モロッコと米国は「200年を越える」関係があるとして、対テロ戦争、国境管理、地域の安定(マリやリビアを念頭に)などのために協力することを強調した。ロードマップの中身は明らかにされていない。(Lavanguardia, 2 October 2020)
    https://www.lavanguardia.com/politica/20201002/483794875061/jefe-del-pentagono-firma-en-marruecos-un-acuerdo-militar-por-10-proximos-anos.html
  3. バイデン次期大統領と西サハラ
     米大統領選後の結果がまだ確定していなかった10月半ば、モロッコの外交専門家2人のコメントがメディアに掲載された。
     法学教授・政治学者であるムスタファー・スヒーミー氏(Mustafa Sehimi)は、トランプ大統領が再選されればホワイトハウスの政策は継続性を維持する、トランプ大統領時代にモロッコ米国関係はかなりよくなり、そのため2期目には関係強化が進むと予測できると語った。しかしバイデン氏が選ばれても二国間の歴史的重要性は変わらない、ただ民主党大統領とは難しい関係になるということを忘れてはいけないと語った。例えば、カーター政権時代、モロッコは武器を非常に必要としていたが、西サハラの人権問題ゆえに、1978年にハサン2世国王の米国訪問時に武器購入を決めることができなかったということがあったと述べた。
     国際問題研究所所長のジャワード・エル=カルドゥーディ氏(Jawad El Kardoudi)は、トランプ大統領は米国の援助を西サハラで使うことを許してくれており、それは米国がモロッコの立場を認知したも同然だった、またF15戦闘機のような武器購入に際しても満足のいくものだった、したがってトランプ政権継続がモロッコにとってははるかに有利だ、しかし民主党大統領になってもクリントン政権時代はモロッコにとって非常によかったので恐れる必要はない、と語った。
     さらにセヒミ氏は、バイデン氏が選ばれればモロッコに敵対的なネットワークが再動員されるだろうと語った。例えば大学やアルジェリアが資金を出しているロビー集団などがあり、間違いなくロバート・ケネディの姪(本当は娘)、ロバート・ケネディーセンターの代表である人権活動家メアリー・ケリー・ケネディは、バイデン政権の仕事をするか手助けをするだろう。2012年8月エル=アイウン訪問時、アミーナートゥ・ハイダルと面会しており、MINURSO任期延長時にも人権監視をマンデートに含ませるよう米政権に働きかけたり、人権理事会で数々の反モロッコ発言をしている。
     エル=カルドゥディ氏は、まったくその通りだ、クリントン政権時代はヒラリー氏が多くの問題をめぐってモロッコに有利なように介入してくれたが、今回はそうした人的関係はない、モロッコは民主党にアプローチすべきだと思うと語った。
     2人は、トランプ大統領からのイスラエル承認圧力について、実際にそうした圧力は存在するが、モロッコは2国解決案の原則を維持し、イスラエルとの平和条約には同意しないだろう、国内世論もそれを支持しない、同意しないからといって米政権のモロッコへの対応が変わることはないだろうと述べた。(H24INFO, 18 October 2020)
    https://www.h24info.ma/maroc/avec-joe-biden-des-reseaux-hostiles-au-maroc-vont-se-remobiliser/
  4. MINURSO延長決議採択
     10月30日、安保理はMINURSOの延長決議2548 (2020) を採択した。従来の決議と変わらず、人権監視は任務に入らなかった。賛成は、ベルギ−、ドミニコ共和国、エストニア、フランス、ドイツ、インドネシア、ニジェール、セントビンセント及びグレナディーン諸島、チュニジア、イギリス、アメリカ、ベトナム。反対はなし。ロシアと南アフリカが棄権した。危険の理由はより原則的な解決を求める立場。(S/2020/1063 Outcome of the voting)
  5. 西サハラはEU航空協定の範囲外
     欧州委員会は、西サハラはEUの航空協定でカバーされない、またEUモロッコ航空関連の合意に西サハラを含めるつもりはないと述べた。しかし、欧州の航空会社はすでに西サハラに乗り入れているが、西サハラは今や、事実上の戦争区域と考えられる。エールフランス・KLM傘下のトランサビア航空(Transavia)、エールフランス、イベリア航空傘下のビンテル航空(Binter)は法的空白地帯に乗客を運んでいるということになる。(Western Sahara Resource Watch, 17 November 2020)
    https://www.wsrw.org/a105x4827

【モロッコ】

  1. ムハンマド6世、パリに邸宅を購入
     モロッコ国王ムハンマド6世が今年7月28日、パリ第7区にある邸宅(サウジ王家所有)を購入したと、パリに拠点を置くAfrica Confidentialが報道した。邸宅は居住空間だけでも1,000平米あり、その庭園はエッフェル塔が面するシャン・ド・マルス公園に繋がっている。価格は推定で8,000万ユーロだろうとされる(98億円強)。フォーブス誌(2007年)は当時、ムハンマド6世は世界で7番目に裕福な国王で、財産は17億7500万ユーロであると報じたが、2015年、同誌は国王の財産が50億ユーロに増えたと報じている。(El Pais, 2 October 2020)
    https://elpais.com/gente/2020-10-02/el-rey-de-marruecos-se-compra-un-palacio-en-paris-de-80-millones.html
  2. リン鉱石に関する米議会対策、ロビー会社と契約
     モロッコ国営リン鉱石公社(OCP)は、政府及び議会両院対策として、コーナーストーン・ガバメント・アフェアーズ社と30万ドル(約3,150万円)の契約を行った。10月1日から1年の契約で、米政府のリン肥料輸入に関する調査に対応する。(Yabiladi, 14 October 2020)
    https://www.yabiladi.com/articles/details/100250/droits-compensateurs-l-ocp-signe-contrat.html
  3. アラブ首長国連邦が西サハラに領事館を開設
     モロッコのムハンマド6世国王は、10月27日(火)、アラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン皇太子と電話で話をし、同国がエル=アイウンに領事館を開設すると決定したこを「歴史的」なことだとして歓迎した。すでにアフリカ諸国の中では15ヶ国が西サハラに領事館を開設している。27日にはザンビアとエスワティニ(旧スワジランド)が領事館を開設したばかりだ。(Middle East Eye, 28 October 2020)
    https://www.middleeasteye.net/news/uae-open-consulate-western-sahara-morocco
  4. 領事館開設ラッシュはトランプ政権の圧力
     エル=アイウンのアラブ首長国連邦領事館は11月4日にオープンしたことになっているが、未だ建物は空っぽで、敷地は閉じられたままである。領事館開設の話は、10ヶ月前、トランプ政権の強い圧力の下で始められた。それはアラブ諸国をイスラエル承認に向けて束ねていくという、より大きな構想の一部だった。1月28日、トランプ政権の中東和平イニシアティブが公式発表された時、ムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン皇太子はモロッコにいた。皇太子はラバトの王立学校で学んだことがあり、2人は知り合いだった。そこで皇太子はイスラエル承認の話を持ち出した。国王はただちにそれを拒否。イスラム協力機構のアル=クドゥス委員会議長の立場や、モロッコ政府が今イスラエルに敵対的な公正開発党(PJD)下にあることを理由にあげた。しかし、モロッコにとって西サハラにおける主権承認は魅力的だった。そこで国王は5月17日に国王の政治顧問、フアド・アリ・エル=ヒンマをアブダビに派遣した。8月13日、アラブ首長国連邦がイスラエル承認を発表し、バーレーンがそれに続いた。しかしモロッコは動かなかった。バイデン氏勝利の展望が国王を後押ししなかったのである。
     その後、領事館開設の件は、中東和平構想の一部というよりは、二国間の和解の印として残った。というのも、2017年の湾岸諸国によるカタール追放以来、モロッコはカタールへの制裁措置に同意せず、それどころかそれを破った。2017年11月11日、アブダビ・ルーブル博物館の開所式にモハメド6世は参列したが、翌日ドーハに飛んだ。それは航空規制を破ってのことだった。その後も、モロッコとアラブ首長国連邦の確執は続いた。
     領事館開設で、アラブ首長国連邦側はモロッコのカタールひいきを終わらせ、アラブ3王国の関係修復を期待している。サウジアラビアとアラブ首長国連邦はゲルゲラートにおけるモロッコ軍の行動への支持をいち早く発表し、カタールもそれに続いた。(Africa Intelligence, 19 November 2020)
    https://www.africaintelligence.fr/afrique-du-nord_diplomatie/2020/11/19/comment-m6-et-mbz-ont-negocie-l-ouverture-du-consulat-d-abou-dhabi-a-laayoune,109622154-ar1
  5. ギニアビサウへの「支援」
     ギニアビサウは近々西サハラ占領地のダーフラに領事館を開設する予定である。一方、モロッコはギニアビサウに対して、外務省庁舎の建設や留学生向け奨学金の拡充、観光業での協力を行う。(Lusa, 3 November 2020)
    https://www.lusa.pt/article/PwtfQ9qNzun3z~pK62um7zMSZM5iuSI1/delega%C3%A7%C3%A3o-marroquina-em-bissau-para-avaliar-constru%C3%A7%C3%A3o-de-nova-sede-do-minist%C3%A9rio-dos-neg%C3%B3cios-estrangeiros
    https://desporto.sapo.pt/noticias/delegacao-marroquina-em-bissau-para-avaliar_5fa15bc13cc1bb55068bc638

【文化】

  1. 「失われた祖国の声」サハラーウィ詩人が残した記憶
     西サハラの詩人、ムハンマド・ムスタファー・ムハンマド・サーレムが83才で亡くなってほぼ1年。「バディ(Badi)」と呼ばれた彼は、1936年アオセルド(Aoserd)の羊飼いの家に生まれ、ポリサリオ戦線のサハラーウィ人民解放軍に参加し、1975年侵略時に逃れて、その後の半生をチンドゥーフの難民キャンプで暮らした。彼やその他のサハラーウィの詩人の詩を集めた英語翻訳詩集は2015年に出されている。Sam Berkson, Settled Wanderers, Influx Press, 2015. 挿絵を描いているのはサハラーウィの画家、ムハンマド・スレイマン。バディは「ティシュアシュ(tishuash)」を謳う。それはノスタルジアと訳せるが、厳密には「過ぎ去りしものを記憶する喜び」を意味する。バディの娘はある時、解放区に父と行き、普段はほとんど話すことのない父がを流す姿を見たという。今年2月には難民キャンプで独立記念の祝賀会が行われ、「文化のテント」では詩が延々5時間朗詠された。ある活動家は「何よりも詩が自分たちの気持ちを一番表していると感じる」と言った。(Sam Berkson in Tindouf, 23 September 2020)
    https://www.middleeasteye.net/discover/western-sahara-algeria-badi-poetry-exile

以上。
松野明久