[速報]アメリカがモロッコの西サハラへの主権を承認〜モロッコ・イスラエル国交正常化と取引

 12月10日、トランプ大統領は、米国はモロッコの西サハラへの主権を認めるとツイートし、続いてモロッコとイスラエルが外交関係を樹立することに合意した、そしてモロッコは合衆国の独立を1777年に認めたのだから彼らの西サハラへの主権を認めることがふさわしい、とツイートしました。この連続ツイートから、ただちに2つのことが取引であったことがわかります(高林敏之氏Facebookより)。つまり、モロッコがイスラエルとの国交を正常化し、アメリカがモロッコの西サハラ領有を承認するという取引です。米政府は、モロッコの西サハラに対する主権を認める大統領の宣言(Proclamation)を同日付けで発表しました。ただし、宣言は12月4日に決定したもので、発表が10日になったということのようです。
 ここで宣言とは何かというのが問題となります。宣言は大統領命令(Executive Order)と違って、文字通り宣言的性格をもつもので、これまで種々の記念日に発せられる声明として使われてきました。ただ、過去にはリンカーンの奴隷解放宣言(Emancipation Proclamation)もあり、法的拘束力はないとしても、現実に効果をもつものもあります。
 国連、EU、各国のコメントも次々と出されていますが、米国が承認したからといってただちに各国が追随することにはならないようです。「モロッコの主権承認」においてはむしろ米国が孤立する可能性もあります。
 今回発表されたこの取引はいかにしてなされたのか、またこの取引のもつ西サハラ問題への影響について、これまで出された記事や論説をもとに整理してみました。

  1. 実はそれほど「電撃的」ではない取引
     一見、電撃的な発表でしたが、実際はそうではありません。Axiosというイスラエルのニュースサイトは米国とモロッコの間で交渉が進んでいることを以前から報じていました。テルアビブのBarak Ravid記者による「Exclusive: Israel pushing Trump to back Morocco over Western Sahara」(Axios、February 3, 2020)が交渉進展を表に出した最初のニュースかと思われます。それによると、ネタニヤフ首相とモロッコのブリタ外相の接触は2018年9月の国連総会中に始まっていました。その秘密会談をアレンジしたのはネタニヤフ首相の国家安全保障顧問メイル・ベン・シャバト氏(Meir Ben-Schabbat)で、ユダヤ系モロッコ人のビジネスマン、ヤリブ・エルバズ氏(Yariv Elbaz)を通じてナセル・ブリタ外相と繋がることができたのです。エルバズ氏は2019年5月にクシュナー氏と彼の和平チームがモロッコを訪問した際、彼らをカサブランカの古いユダヤ人墓地に案内しました。しかし、その後、最近になるまで交渉は進みませんでした。ジョン・ボルトン氏がブロックしていたのと、彼が解任されて以後は西サハラ自決権支持者の上院軍事委員長インホフ氏がトランプ大統領と近かったためです。ポンペオ国務長官の2019年12月のモロッコ訪問でも話はまとまらなかったようです(Barak Ravid, Axios, February 3, 2020)

     
  2. トランプ氏周辺の「イスラエル派」と「西サハラ派」
     トランプ大統領の周辺には、西サハラの自決権を支援する一群の人びとと、モロッコにイスラエルとの関係改善を促したい、そのためにはモロッコが求める西サハラへの主権を承認すべきだと考える人たちがいました。
     「西サハラ派」とでもいえる前者には、ジョン・ボルトン氏(元国家安全保障問題担当大統領顧問)や上院議員ジム・インホフ氏(共・オハイオ)がいました。いずれもタカ派で知られる人びとですが、ボルトン氏は(父)ブッシュ政権で国務長官を務めたジェームズ・ベーカー氏が国連事務総長の指名を受けて西サハラ問題の特使を務めた時、その下で働いた経験があります。ベーカー氏はベーカープランI(2001年)、ベーカープランII(2003年)を通じて解決案を提示しましたが、モロッコとポリサリオ戦線の両方が合意する案とはならず、仲介は失敗に終わりました。ベーカープランは国連安保理で決めた方針である自決権行使を前提としたプランでしたが、独立を阻止しようとするモロッコの反対で頓挫したと言えます。それ以来、ボルトン氏は西サハラの自決権行使を支持する側に立ってきました。インホフ氏は、トランプ氏のライバルだったジョン・マケイン上院議員が2018年8月に亡くなり、上院軍事委員長の後任に指名された人であり、トランプ外交を基本的には支持してきた人です。一方で、インホフ氏はアルジェリアのチンドゥーフ難民キャンプを何度も訪れるなど、サハラーウィと交流してきました。2019年5月にも彼は17名の団員を引き連れてチンドゥーフを訪れています。また、11月20日には上院で西サハラの停戦危機についてスピーチを行いました(議員のホームページで動画閲覧可能)。
     一方、水面下でモロッコにイスラエルとの関係改善を働きかけてきたのはトランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー氏が率いるチームであり、とくに彼と一緒に行動してきた(現在)若干32才のアヴィ・ベルコウィッツ氏(Avi Berkowitz)でした。この辺りの背景は、Barak Ravid氏の新しい記事「Scoop: Fallout between Trum and top GOP senator made Morocco-Israel deal possible」(Axios, December 10)が詳しく書いています。
     ベルコウィッツ氏はクシュナー氏のアドバイザーからホワイトハウスの国際交渉特別代表となり、トランプ大統領の中東和平構想、いわゆる一連の「アブラハム協定」締結のために奔走した人物です。米国生まれのベルコウィッツ氏は大学に入るまではずっとユダヤ教正統派系の学校に通い、エルサレムの正統派の学校に留学したこともあります。帰国後、ユダヤ教神学校に入学し、クイーンズ・カレッジに移籍、その後ハーバードのロースクールに進みました(ProPublica, Columbia Journalism Investigations)。ベルコウィッツ氏は、「i24 News」というイスラエルのインターネットTVニュース会社の番組でモシェ・コッペル教授(バル・イラン大学、数学)によるインタビューを受けており、その中で、西岸地区へのイスラエル法の適用をわれわれは基本的には支持しているが、今はアブラハム協定というチャンスを最大限活かすべきだと考えて適用を棚上げしている、近い将来それが実行されることを支援して行くと述べています(YouTube, Assis to President Trump, Avi Berkowitz, on Abraham Accord and Israeli-Palestinian Conflict, October 22)。
     さて、ボルトン氏は昨年9月トランプ大統領によって解任され、インホフ氏は毎年議会が承認する国防権限法(National Defense Authorization Act)をめぐってトランプ氏の言うことがきけず、関係を悪くしました。問題となったのは、同法の一部としてあるコミュニケーション品位法230項がウェブ運営会社が第三者が書き込んだものに法的責任をもたなくてよいとしている部分と、南部連合の軍人たちの名前を冠した米軍基地の名称を変更をするための委員会の設立でした。トランプ大統領はいずれにも反対で、インホフ上院軍事委員長に拒否権を行使すると脅していたのですが、インホフ氏は上院を通すにはこれしかないと言い張ったのです。問題は半年ほど続いていたようですが、最終的に、上院はこの法案を12月11日に通過させました。(Urusula Perano, Axios, December 11)
     結局、トランプ大統領は「イスラエル派」と「西サハラ派」を秤にかけ、「イスラエル派」をとったということになります。クシュナー氏たちはインホフ上院議員との12月に入ってからの急激な関係悪化をチャンスとみて、すばやくモロッコとの取引を成立させるために動いたと考えられます。(Barak Ravid, Axios, December 10, 2020)

  3. クシュナーチーム、動く
     これまで2年間にわたり、クシュナー氏とベルコウィッツ氏は米国のモロッコの西サハラへの主権承認と引き替えにモロッコのイスラエル国交正常化ができないか、モロッコ政府に働きかけていたそうです。上記Barak Ravid氏の12月10日の記事によると、このアイデアは元モサド副長官ラム・ベン・バラック(Ram Ben Barak)の元配下の人びとから出たもので、彼自身は上に述べたモロッコのビジネスマン、ヤリブ・エルバズ氏と仕事上の関係がありました。エルバズ氏はブリタ外相と近い関係にあり、これでイスラエル政府とブリタ外相が結びつきました。ラム・ベン・バラック氏は2019年4月からイスラエル国会の議員となっており、所属は中道系イェシュ・アティド党(Yesh Atid Party)です。
     2018年ベン・バラック氏とエルバズ氏はネタニヤフ首相の国家安全保障顧問メイル・ベン・シャバト氏とホワイトハウスの国際交渉特別代表をしていたジェイソン・グリーンブラット氏(Jason Greenblat)、そしてブリタ外相に会って、取引を持ちかけました。グリーンブラット氏はベルコウィッツ氏の前任者ですが、彼もまたユダヤ教正統派の学校出身で弁護士になったという経歴をもつ人物でした。2019年5月、クシュナー氏らがモロッコを訪問し、ムハンマド6世と会談した際、ムハンマド6世から西サハラへの主権承認の話が出たといいます。これで米国側は西サハラがモロッコにとってどれだけ重要かを理解しました。その後ブリタ外相は何度もホワイトハウスを訪れ、クシュナー氏らとも会い、取引を進めることで合意しました。(Barak Ravid, Axios, December 10)。
     ここに立ちはだかったのがボルトン氏とインホフ氏でした。しかし、トランプ大統領とこの2人との関係が悪化したところで、ホワイトハウスの首席補佐官マーク・メドウズ氏、クシュナー氏、ベルコビッツ氏はトランプ大統領に取引を説得したといいます。(メドウズ氏は2020年4月に首席補佐官になったばかりでしたが、11月4日に新型コロナ感染が発覚した人です。)
     今回の取引にはもうひとつニュースがあり、それは12月10日、トランプ大統領がモロッコに対するドローン(MQ-9B SeaGuardian)4機の売却を議会に申請したというものです。総額10億ドルに及ぶ取引です。(Yabiladi, December 12)

  4. モロッコの発表
     アラブ首長国連邦、バーレーン、スーダンがイスラエルとの関係正常化を果たした後、次はモロッコかという噂もありましたが、すぐには動きがありませんでした。しかし、上の説明が正しいとすると、2019年5月のクシュナー氏とムハンマド国王の会談で、国王側から西サハラ問題が持ち出された時点でモロッコが取引に応じるつもりであったことになります。
     モロッコはもともとオスロ協定から1年後の1994年9月にイスラエルと相互に連絡事務所を置くことを決定しました。しかし、第二次インティファーダの後の2002年、連絡事務所は閉鎖になりました。ただ、ムハンマド6世はイスラエルとのバックチャネルを維持し続け、それには彼のアドバイザーであるユダヤ系モロッコ人、アンドレ・アズレ氏(André Azoulay)が仲介役になっていたとWikipediaは書いています。彼の娘であるオードレ・アズレ氏(Audrey Azoulay)は現在ユネスコ事務局長を務めています。
     さて、モロッコでは米国のモロッコの西サハラへの主権承認のツイートはすぐにニュースになりましたが、イスラエルとの国交再開についてはすぐには発表されなかったようです。モロッコ外務省がトランプ大統領のツイートをリツイートしたということをもって、報道はイスラエルとの国交再開が本当だとみたようです。(Morocco World News, December 10)
     その後、王室は声明を発表し、「正式な外交関係」を再開し、それぞれ連絡事務所をテルアビブとラバトに開設する、またイスラエルとの直行便も運航させることを明らかにしました。一方で、パレスチナ問題については「モロッコは二国解決案に基づき、平和で安全に共存する解決案を支持する」、「パレスチナとイスラエルの直接交渉により最終的で恒久的、包括的な解決が唯一の方法である」としています。ブリタ外相は、モロッコのパレスチナ問題に対する態度に変化はないと弁明しています。(Yabiladi, December 10)
     モロッコ外務省は12月11日時点で、イスラエルとの国交再開について何も掲載していないようです。外務省のサイトでは、各国が米国のモロッコの西サハラへの主権承認を歓迎するというニュースが集められています。それらはグアテマラ、ガボン、コモロ連合、ハイチといった国々です。
     現在モロッコ政府は、イスラム主義政党である公正発展党のサアデディン・オスマニ氏(Saad-Eddin el-Othmani)が首相を務めており、パレスチナに同情的なスタンスを取ってきた同党としては今回の国王の決定は難題を突きつけられたかたちになりました。今年の8月の段階で、彼はイスラエルとの国交正常化を完全に否定していたからです。モロッコ国内ではイスラエルとの国交正常化に反対する意見がSNSで広がっています(Middle East Eye, December 11)

  5. ポリサリオ戦線の反応
     サハラ・アラブ民主共和国とポリサリオ戦線は声明を発表し、トランプ大統領は「西サハラに対する主権」というモロッコがもたないものを承認した、それは国連憲章と決議に対する重大な侵害であり、国際社会の紛争解決努力を妨害するものだと非難しました。そして、トランプ大統領の決定は問題の法的性格にいかなる効力も持たず、サハラーウィ人民はその正当な闘争を継続すると述べました。(Sahara Press Service, December 10)

  6. 国際社会の反応
     先進国の反応は概ねイスラエルとの関係正常化を歓迎するとしつつも、西サハラについては「国連の立場を維持する」というものが目立ちます。
     まず、国連事務総長報道官は、主権問題について国連事務総長の立場は不変であり、安保理決議に沿った解決がなされなければならないというものだと述べました(Office of the Spokesperson of the Secretary General, December 10)。国連総会は12月12日、西サハラの非植民地化を完遂するよう求める決議を採択しました(Sahara Press Service, December 12)。
     イギリスのドミニク・ラーブ外相は12月10日、イスラエルとモロッコの関係正常化を前向きな一歩として歓迎する、西サハラ人民とパレスチナ人の自決を伴う政治的解決を支持する、西サハラ問題についての英政府の態度は不変とする、という声明を発表しました(Government of UK, press release, December 10)。EUは対外政策報道官を通じて、西サハラ問題についてのEUの立場は変わらないと発表しました(Politico, December 12)。フランスの報道官は、「フランスは国際法の枠組内での政治的解決を見いだすことを約束している」、「それに基づき、安保理決議に沿って、正義ある、恒久的な、相互に受け入れ可能な解決に賛成している」と言いつつも、「紛争は余りに長く続きすぎた。モロッコの自治案は真面目で信用できる議論の土台であるとみている」とかなりモロッコ・米国寄りのコメントをしています(Ministère de L’Europe et des Affaires Étramgères, Maroc-Israël – Q&R, 11 décembre 2020)。その結果、モロッコ外務省のホームページでは、フランスはモロッコを支持する他の国々と並んでその発表が報じられています。その他、ロシア、スウェーデン、ドイツ、カナダが西サハラに対する立場を変えないと発表しました。(Sahara Press Service, December 11)
     米国内ではジェームズ・ベーカー氏が12月11日に西サハラの自決権を取引したことに対する非難声明を発表し、ジム・インホフ上院議員、パトリック・リーヒ上院議員(民・バーモント)、エリオット・エンジェル下院議員(民・ニューヨーク)、ベティ・マカラム下院議員(民・ミネソタ4区)がトランプ大統領を非難しました。イギリスでは元労働党党首のジェレミー・コービン氏がトランプ大統領を非難しています。(Sahara Press Service, December 11)

  7. 展望
     今回の米国のモロッコの西サハラに対する主権承認がサハラーウィの闘争にとって大きな打撃となることは避けられないでしょう。しかし、これで紛争が終結に向かうかというと、そうはならず、事態は複雑になるでしょう。まず、サハラーウィは闘争をやめないでしょう。米国など西サハラに領事館を開設することを表明している国がいくつかありますが、現地にコミットしていけばいくほど、紛争や騒動に巻き込まれる可能性が高まります。そしてトラブルが頻発すれば、モロッコとしては実効支配を主張することが難しくなります。米国の承認だけで紛争を終わらせることはできないでしょう。具体的な問題は、遅くとも来年秋のMINURSO任務延長をめぐる安保理決議をめぐって表面化せざるをえません。それまでに事務総長特使が任命され、交渉が動き出す可能性もあります。ゲルゲラート危機と今回のトランプ大統領によるモロッコの主権承認は、大統領の思惑とは裏腹に、問題を表面化させ、対立を浮き上がらせるという「作用」をもったと言えます。

文責・松野明久